2007.1.4(木)1615誕生
2007.1.6(土)7:12お空へ
先天性疾患

恭太朗がお母さんのお腹に来てくれた時から、それはそれは幸せで、喜びに満ちあふれた日々でした。

初期には切迫流産で自宅安静、後期には切迫早産で入院し、沢山心配もしましたが、先生の「赤ちゃん元気ですよ。順調です。」という言葉に安心し、力強い胎動と心音に励まされ、恭太朗に会える日を楽しみにしておりました。

どんな顔してるのかな…。誰に似てるのかな…。夢をふくらませながら、可愛いベビー服、ベビー用品も揃えました。
やっと会える…。早く会いたいな…。

200714日、391日。骨盤位の為、予定帝王切開となりました。産まれる直前まで「元気ですよ。」と言われておりましたが、1615分、恭太朗は産声をあげず誕生しました。一目も会えず、恭太朗は隣の部屋へ…。バタバタとした雰囲気の中、処置がされる音だけが響き、恭太朗の泣き声が聞こえる事はありませんでした。私は何が起きたのか理解出来ませんでした。「赤ちゃん泣かないですね…。」と聞く私に、看護師さんは「皆、頑張ってるから。」と……、それ以上は聞けませんでした。そして私は麻酔で眠りに入り…、数時間後、恭太朗は総合病院NICUへ搬送されました。

小さな体で、一生懸命 生きよう 生きよう と、頑張ってくれましたが、200716712分、恭太朗はお空へ旅立ちました。

そしてその日、やっと恭太朗に会う事が出来ました。やっとこの胸に抱く事が出来ました。もう冷たくなっておりましたが、まだやわらかかったです。亡くなった姿でも我が子がそばに居る…。悲しみを一時忘れる程に愛おしく、幸せを感じられる時間でもありました。最初で最後の親子3人の時間。ずっとずっと宝物です。

お母さん恭太朗に何もしてあげられなくてごめんね。お父さんとお母さんの子供に産まれて来てくれて、本当に 本当に ありがとう。恭太朗、愛してるよ。ずっと ずっと 一緒だよ。

恭太朗が命を懸けて残してくれたもの…、命のメッセージを、お父さんとお母さんはいつも、胸に 大切に もっています。