2005年1月5日  40週3日  第2子
分娩中原因不明

2005年1月5日今まで検診は異常無しで 予定日3日送れたけど 普通に夜陣痛がきて 長男5歳の息子は寝ていたので 同居している祖父祖母に預け 念願の女の子誕生を楽しみに病院に向かいました 。病院に着き赤ちゃんは異常無し このまま全開になるのを待っていました。
お腹につける機械は 30分着けたらはずされます 。あとは看護師さん、助産婦さんが 何度か病室にチェックしにきました。そして何回かチェックに来たとき気づいた時には 心音が弱っていて 機械をはづしているため いつから心音が弱ってるかわからなくて 陣痛の痛みの中 先生にいつから心音が弱っているかわからないから 酸素が行き渡ってないし 障害児か亡くなるかどちらでしょう  今の状況だと健康なお子さんは 確率的に無理です 。私は全身震えが止まりませんでした
しかし陣痛はきてるし 帝王切開には準備に1時間ぐらいかかると言われ どうしたらいいのか 先生が考えていました 。その間に全開 もう産まれる〜! もう自然で産みましょとなり結局赤ちゃんは泣かずに 産道を通る時に 亡くなったみたいです
まさか今まで順調にきて 分娩中に亡くなるとは思いませんでした
入院してそのままお腹に機械をつけっぱなしだったら 、心音が弱ってくるのがすぐに気づけたのにと思うと 残念で悔しいです
上の息子は毎晩お腹の中に 話し掛けていてキックなどしてくれたので 産まれてくるのを楽しみにしていました 。なんとなくわかる年齢なので もうこの子に一生会えないから どんな反応するのか心配でしたが お葬式の時に会わせました
素直に わ〜可愛い!でも冷たい! 可愛い妹は病気で死んじゃったんだ わかるかな? 友君の通ってる病院じゃ治らなくて 天国の病院だと治るから 天国に行っちゃったんだ また病気が治ったら戻ってきてくれるからね 。
火葬場ではワンワン泣いていました しかし遺骨になってしまったら 僕も骨拾うって言ってくれました 。抱っこしたり遊んであげれなかったけど お兄ちゃんらしくみえました 今では保育園が休みの日には 必ずななちゃんとこ行こうか お墓の前で 早く病気が治ってお母さんのお腹に戻ってきてねって話かけています 息子に救われています
。まだまだ気持ちの浮き沈みはありますが 亡くなったななみちゃんは いつも私達の側にいると思い またいつか息子のためにも3人目頑張りたいです
2人目は亡くなったからといって 隠すことはしないで まだ子供1人って聞かれたら 2人いるよ でも1人妹は亡くなったのって 答えたいと思います。