2007.1.10 誕生 
      1.12 お別れ
肺高血圧症 

妊娠9ヶ月の末の健診で羊水が少ないのと胎児が小さいというのが原因で個人産院から近くの医療センターを紹介されて受診しました。そこで出産まで入院することになりました。
上の子も小さめといわれつつも37週で2950gだったこと、羊水も少なめだと言われていたけど元気に産まれたこともあり、私自身はそんなに心配していませんでした。上の子が逆子で帝王切開だったため、今回もそうだろうと覚悟はできていたし、なんとかなるだろうと。
入院すると検査や羊水注入の処置はあるものの、自分で感じるような変化はまったく無く、上の子の事が気がかりだったり、なにもせず安静にすることの大変さを思うだけでした。
先生から子宮内胎児発育遅延と説明を受けてやっと、もしかして自分の知らないうちに無理をしていたのではないか、成長に支障が出たらどうしようと不安になりましたが、まさか命に関わることになるなんて夢にも思いませんでした。
37週に入った日、帝王切開で男児を出産、思っていたよりも大きく2200gでした。手術の最中もやっと会えるなぁと思ったくらいで余裕すらありました。
元気な産声を聞いて、はじめての入院を経ての出産に安心し、姿をみて思わず涙が出ました。
あとはがんばって回復しておっぱいをあげるぞ!と思って当日から少しずつ体を動かし、翌日には尿管を抜いてもらい歩行を開始しました。前回は4日ほど歩けなかったから、今回は調子いいぞ!と思っていました。
手術の当日の夕方、小児科の先生が見えて、呼吸が弱いので挿管するという説明をうけましたが、任せておけば大丈夫2,3日の事と思い、さほど心配しませんでした。
今思えばなぜあんなに安心しきっていたのか分かりませんが、無事に産まれたという安心感からか、NICUに入るのは予想していたからか・・・。
生後2日で右胸に気胸がおこりました。何度が酸素濃度が下がりかけたそうですが、処置をすると回復し、少しずつ強くなっていくと信じていました。
その日の夕方今度は左胸の方に気胸が起こり、余計な力を使わないようにと薬で眠らせた状態で治療が続きました。
2日目に車椅子で会いに行った息子は手足にたくさんチューブをつけた状態でしたが、安定しておりこれからどんどん良くなると思いました。
3日目の朝、歩いてNICUに行き、手袋をはめてですが初めて頭をなでてあげました。がんばってね、ママもたくさんおっぱい出すからね!とのんきな事を思っていました。
次に会うのが最後になるなんて、本当に思ってなくて、看護婦さんたちがたくさんいる中で名前を呼ぶのが照れくさくて、心の中で話しかけたのですが、あの時声を掛けてあげてたら良かった。「ゆうた!がんばれ!」もっと声をきかせてあげたら良かった。今はとにかくそれが悔しいです。
夜になり、もう一度顔をみておこうとNICUに行くと、看護婦さんが「お父さんも呼んでください」と言われ、突然のことに戸惑っている私に「緊急事態だから・・・」と。夫を呼び出し、再びNICUに入るまでほんの15分くらいでしたが、中の状況が分からず、まさかと思いつつも看護婦さんが涙ぐんでいた姿が頭から離れず、エレベーターの前で泣き崩れていました。
夫とともに中にはいると、保育器の周りには先生が集まり、交代で心臓マッサージをしているところでした。「触ってあげてください」と看護婦さんに言われ、はじめて直に触れて名前を呼びました。
私も夫もなんだか夢を見ているようで、冷静になったり涙が溢れたりしながら「ゆうた、がんばれ、起きて!」と声をかけ続けました。先生も「ゆうちゃん!」と名前を呼んでくださり、1時間ほどマッサージが続きました。
手を尽くしてもらいましたが、午後9時すぎ、息を引き取りました。人工呼吸器を外す前に、最後は2人でだっこさせてもらいました。チューブをはずしてもらい、沐浴をさせてきれいな体にしてから、おじいちゃんおばあちゃんに初めて顔を見てもらいました。
心配かけるからと、状態を話してなかったので両親もとても驚き、悲しみました。
羊水注入をした際に検査をして、少し肺機能が弱いことは予想されていたようで、出産の際には何かあってもすぐ対応できるような準備をされていたそうです。出産時にすごく元気な産声をあげたので先生方もほっとされたそうですが、37週にしては肺が未熟で外の世界に対応できず肺高血圧という状態になり、結局は心臓にも負担がかかってしまったようです。詳しくは解剖しないと分からないそうですが、そんなことは望んでないので断り、最善を尽くしてくださった先生や看護婦さんにお礼を言いました。
私の気づかないところで必死にがんばっていたゆうた。お腹の中でも苦しかったかもしれない、もっと気をつければもしかしたら防げた事かもしれない、とやはり考えてしまいます。
あんなに元気な産声は奇跡でした。ビデオにおさめておいて本当に良かった。楽しみにして早くから名前を決めておいたので、誕生翌日には出生届を提出していたので、死産扱いにはなりませんでした。産まれてきた事を、こんながんばった事を、なかったことにならなくて良かった。3日というと本当に短いですが産まれてきてくれただけで嬉しかった。出会えたことが最高の喜びでした。なにもしてあげられなかったけど、たくさんのものをもらいました。
ゆうた、ありがとう。ありがとう。
悲しみは決して消えないけど、乗り越えて見せるから。ゆうたに恥ずかしくないような親になるからね。見ていてね。